仙道紹介

 
 ここでは、中国に古代より伝わる「仙道」という神秘行についての紹介をしていきたいと思います。
 
西王母(三才図会より)

序文

 
 「仙道」。この言葉は一般的には、人や土地の名前など以外で聞く事は殆どないと思います。しかし、このHPで、これから扱っていく「仙道」というものは、この世界に満ちているエネルギーといわれる「気」というものを知り、それを活用するための独特の肉体と精神の鍛錬法を持った実践体系、能力開発法を指しているものとされるものなのです。その目的は、この体系を実践学習する事により、世界を構成している法則である「道(タオ)」というものを知り、その「道」へと合一する事にありますが、こういうと、かなり抽象的で解りにくくなってしまうかもしれません。そういった堅苦しい事はさておき、もうちょっと端的に説明してしまえば、仙道とは自分の様々な能力を磨いて、その能力で出来る限りこの世界を自由に、そして、自分自身にとって楽しく生きていくための方法だと思ってくだされば大丈夫でしょう。

神秘行「仙道」について

 
 このHPで紹介する「仙道」は、かなりHP作者流にアレンジを加えたものになりますが、本来、知られている神秘行としての仙道というものは、その源流を遡っていくと、古代の中国まで行き当たることが出来ます。古代中国を発祥の地とし、現在、世界にまでも広まっている中国思想、東洋医学や漢方、気功、太極拳、風水などの様々なものの、その源流がこの仙道と同じものから発しているのです。この、仙人になるための修行法の仙道の「仙」とは、中国の古い辞書「釈名」では、「老いて死なないのを仙という。仙は遷である。遷とは山に入ることである」と記されているので、仙道とはその解説からすると山などの人里離れた清浄な地に入り、不死を得る修行法ということになります。(*1)。しかし、こういった修行法を聞くと、世間一般では、仏教などの影響から、この世界の快楽を否定・禁欲し、人里はなれたところで瞑想し、悟りを開くといったジジむさいものといったイメージを持ちやすいものですが、このHPで紹介している仙道という実践法は、まったくこの世界の楽しみを否定するものではありません。好きな趣味、恋愛、音楽、食事を楽しみつつ、真の意志・理想を求め自分を高めながらも、かつ、それら総てのものに「とらわれない」事を念頭においた実践法です。
 
(*1)「仙」の字の由来について「釈名」では上記のように解説されていますが、現在の研究では、まだ、はっきりとした由来は解ってないとされます。英語Wiki(https://en.wikipedia.org/wiki/Xian_%28Taoism%29)を見ると「仙(Xian)」について、「」の”飛翔する”、「遷」の”移る”から来ているとする説から、アラビア語の「ジン」やシナ・チベット語の「gsyen」などから来ているとする説もあると紹介しています。また、日本では綿西 雪氏が「歴史と旅」昭和53年7月号に書かれた記事で「仙とは、梵語の翻訳では「不老長生」という意味です」と書いていますが、こちらも出典・典拠が不明の為、不確実です。

仙道の伝説と発祥

 
 仙道の伝説によると、この世界では「仙道」というものは宇宙開闢以来存在している、宇宙の精である「元始天尊」という存在から、人面蛇身の神、伏羲へと伝えられたのが始まりといいます。元始天孫とは永遠に存在するものであり、この世界・天地の生誕と滅亡の流転「劫」が起こってもその存在はけして消えはせず、天地が生成する度にそこに生まれたもの達に、「道」を教えるものであるといわれています。こういった古代的な宇宙観は、最近までの近代科学の宇宙観とかの考え方からすると、一笑の下に否定されてしまう事が多いものでしたが、現在の最新の宇宙論を書いた本を読んだりすると、その理論が、とても古いこの仙道の宇宙観に似通ってきているところがある事に驚かされます。その後、仙道は伏羲から神農という神様へ、神農から広成子という仙人へと伝えられた事になっています。ここまでは、その「仙道」というものの内容がどんなものであったかは、伝説に雲隠れして、はっきりしていませんが、広成子から、黄帝という昔の中国に実在した皇帝へと伝えられたときに、その黄帝の教えという形で著され、今でも伝えられている「黄帝内経」という本で、ようやくその姿の一端を垣間見ることが出来ます。そして仙道はその後、黄帝から老子へ、そして荘子・列子などに伝えられて、中国の春秋戦国時代に一般へと広く知られていきました。しかし、今のような気を扱うという実践法を行う「仙道」の形に落ち着いたのはまだ、このかなり後だとされています。

仙道と陰陽五行論

 
 仙道の根本に位置する「道」や「気」の考え方は、古代中国の文化の根本的な考え方に繋がります。その「道」というものの考え方から陰陽五行論が生まれることとなります。この考え方は、簡単に言うと、まず「太極」という一元の気が、陰と陽の2つに別れる事から始まります。よく、世間一般的に陰は闇や負、裏、女性といった事柄、陽は光や正、表、男性といった事柄と関係付けて考えられることが多いものですが、本来は相対する2つの動き、面をあらわすものです。ですから、正の事柄でも陰的な面を見せることもあれば、女性でも陽的な面をあらわすこともあります。この陰陽の考え方は、よく、一般に考えられているような単純な善悪的なイメージとは違ったものであるという事は注意してください。この考えから論が発展していき、この2つに別れたうちの、陽の気は軽いので上に昇って天という存在になり、陰の気は重いので下に沈んで地という存在となりました。さらにそれらは、少陽、老陽、少陰、老陰に別れ、「四象」という気になり、それにさらにもう一段階、陰と陽の性質が加わり、八つの要素、すなわち「八卦」、この世界の全てを形作っているといわれる要素になります。この八卦には「乾(けん)」、「兌(だ)」、「離(り)」「震(しん)」「巽(そん)」「坎(かん)」「艮(ごん)」「坤(こん)」があります。この理論は、伏羲の時代に河(黄河)から現れ出でた竜馬の背にあった不思議な模様(河図)がもとになって出来たもので「先天八卦」といわれます。この他に禹の時代に、洛という川から出た神亀の背に刻まれた八方陣(洛書)がもとになっているといわれる、「後天八卦」と呼ばれる八卦理論があります。先天八卦は、その象意を詳しく知るため、もう一つ八卦が加えられて、その事により64の卦が出来ました。その64卦を説明する書が「易経」です。後天八卦は、その性質から五行が作られることとなります。五行とは、「木」「火」「土」「金」「水」の5つを指します。五行には、それぞれ陰陽が加わり、十干というものが出来ました。「甲」「乙」「丙」「丁」「戊」「己」「庚」「辛」「壬」「癸」がそれです。また、それに十二支が加えられ、この世界のあらゆるものを説明する理論体系へと発展していきます。
 

(竜馬に描かれた河図と神亀に描かれた洛書)

現在の仙道の学習法

 
 古来から伝わっている仙道という実践法は、とても曖昧模糊としたものであり、ほとんど理解不能なしろものでしたが、現在、様々な人により、その仙道という実践法は体系立てて整理され、かなり解り易く実践しやすいものになってきました。その中でも、このHPでは、高藤聡一郎という人と小野田大蔵という人の書籍を元にして、それに自分の経験や考えをプラスして仙道の説明をしていくことにしています。もし、その高藤氏や小野田氏の書籍に興味を持った人は、このHPの仙道の書籍紹介に、本の紹介をしていますので、そちらを参考にしてください。
 
 では、実際に行う「仙道」の学習法について簡単に説明を行いましょう。仙道というものを勉強していこうとする場合、それは、次の4つの学習法に系統立てることが出来ます。「天丹法」「地丹法」「人丹法」「丹光法」がそれです。ここで「丹」という言葉が多く出てきますが、仙道では、この「丹」とは、とても強いエネルギーを持っているとされる「薬」、あるいは気の固まりの事を指します。仙道では、この丹というものをとても重視するのです。その実践法のうち、まず一つ目である「天丹法」というものでは、「天」の気の練習法、すなわち天に満ちた目に見えない「気」というものを呼吸法などによって取り入れ、それを制御、強化をメインとした練習法を行う事になります。仙道というものの、根本的な学習法は、この天丹法に求めることが出来るといえるでしょう。この修行法は、瞑想を主体とし座って静かに行う「静功」、立って体を動かす「動功」という2種類に分けることが出来ます。また、もう一つ、「内功」「外功」という分け方もされることがあります。この内とか外というのは、体の内や外を意味し、内功は体の内を修行する方法、具体的に言えば静功と同じような瞑想による修行法を指します。外功は体の外側を鍛える修行法、つまり動功と同じように体を動かして鍛える修行法となります。外功や動功は今では、例として気功法や太極拳などを挙げれば、あまり知らない人にも理解しやすいでしょう。次に「地丹法」というものがあります。これは、その中に食養法と導引という実践法を持っています。食養法は、我々が普段食する食べ物を、仙道的考え方から自分にとっての益になるように取りいれ、自らの肉体の気の強化と健康をはかるための学習と実践法です。現在、この学習法では、東洋的な考え方だけではなく、栄養学や薬学なども学習しておいたほうが良いでしょう。導引とは、食養法によって体に取り入れた良い気血をマッサージや軽い運動などによって、体中へめぐらせる方法を指します。次に「人丹法」というものがあります。これは、人との気のやり取りの方法や房中術といわれる性交を元とした技法を含みます。次にあるのが「丹光法」。これは、視覚化や集中による意識の制御法、また、人が夜見ているときに見る夢などを元にした修行法なども含みます。
 

 
 以上、いろいろと長く書いてくると、これを読んできた方の中にはなんだか面倒くさそう?と思ってしまう方もいるかもしれません。しかし、先にも書いたように本来、仙道とは、「この世界を自由に、そして、楽しく生きていくため」の方法なのです。ですから、あんまり難しく考えず、でも、真面目にするところは真面目にやって、それでも、気楽に楽しみながら実践を行うようにしていってください。仙道の一番の極意は「中庸」にあるのですから。
(20170105 の字を画像化。ページの文字コードをShift-Jisに戻す)
(20160304 「仙」の字についての箇所を改訂。このページの文字コードをUTF-8に変更)

戻る