仙道について、いろいろ2


 ここでは1に続いて、自分の考えたりした事をいろいろ書いていきます。ここは掲示板に書いていた雑感記を手直ししてUPしたものが多くなっています。1と同じように、ここに書いてあることはあくまでも自分自身が仙道について、これを書いた時に、そういう考えを持っていたということですので、やはり結構間違ったりいい加減なところもあると思いますが、その辺は読者の人も理解した上で、ここにある文は参考に読む程度にしておいて下さい。

感気について

 
 感気には、生気などの物質に近しい気を感じる段階から、物質などの根源に潜む「意識」を感じる段階まであります。最初の頃はよく言われる手を擦って熱くする気を感じる練習をすれば良いですが、そのうちに瞑想を行い無意識の情報を意識上に伝える修行も必要になってきます。また、仙道をはじめようと思う人が一番理解しにくいのもここでしょう。
 
 その場合、知っておいて欲しいのは気を感じるのはそう不思議な事では無いと言う事です。仙道をはじめる人はその超能力じみた事に引かれてはじめる事が多いので、気を感じるという事は何か凄い感覚を得られるものだと思いやすいみたいですが、気を感じるという事は自分がいつも無意識で感じている情報を意識で認識する事が出来るようになるものだと思ってください。それは、普通の人にとっては最初は、殆ど解らないような微細な感覚なのでいつも普通の意識ではそれを感じることが出来ないのです。それをいきなり、仙道をはじめたからといって凄い感覚が得られるというのは期待しすぎといえます。最初は感気で得られる感覚は「こんなもんかな〜?」って感じで十分です。

食物の消化について

 
 人間は食べ物を取ると、その消化のためにも「気」(エネルギー)を使います。具体的には消化のために胃に血液が集まり胃液を出したり、胃が動いて消化を促したりするなどが挙げられるでしょう。ですので、あまり消化の悪い食べ物を食うと、その食べ物から得られる気よりも消化するために使う気の方が多いという事になりかねません。それを防ぐためにも、なるべく消化のいい食べ物を食すようにし、消化の悪いものはよく噛んで食べるようにしましょう。また、食べた直後に修行をする事も控えた方が良いでしょう。

人体の霊的ポイント

 
 人体の霊的なポイント。頭頂。眉間。後頭部(頭蓋骨の一番下の部位)。喉元。背中の首の付け根。檀中。心臓。みぞおち。みぞおちの裏(背部)。丹田。性器部。仙骨。尾骨部。会陰。膝下。足。そのうち、後頭部、みぞおち、みぞおちの裏は自分の霊的な調子がよく感じられるので、いつも気をつけるようにしたいものです。また、 人間の霊的な重要部位を、もうちょっと簡単に分けると、上丹田(眉間)、中丹田(胸部)、下丹田(丹田)に分ける事が出来ます。上丹田は思考的な意識を司るメンタル体の中枢。中丹田は情動の意識を司る中枢。下丹田は人間の肉体の意識を司る中枢。道教では三尸の修行というものがありますが、それはこの中枢に意識を合わせ、意識化を行う修行法とも考えられます。そして心臓部位は霊的には人間の情動を司る意識の固まりが位置します。昔の経典では、ここがとても重要だといっていますが、人間としての意識の根源がここに位置するのです。

身体と意識

 
 意識化の修行をしていると、意識と身体の関係の深さをとても感じます。と、いうか、意識=肉体とも言えるでしょう。現代の人は、意識というと、脳の中で作られる言語的思考のみがそれであると思いやすいですが、言語的思考とは別の意識というものも我々は常に共にあるのです。ですが、なかなか、通常では、それを理解する事が出来ません。それは、身体の一つ一つの細胞が持っている意識といえば解り易いかも知れないものです。それら、小さい意識が寄り集まって、我々、人間という一つの大きな意識のかたまりを作っているのです。これは、以前、東洋医学の話を聞いたときに、似たような考え方があり、私もなるほど、と感じたことがあります。だから、西洋医学でよく考えられる、人間の臓器は人間を構成している部品にしか過ぎない、という考えには私は違和感を覚えたりもします。人間は、その構成している存在全てが人間なのでしょう。
 
 そして、さらにその深くには、もっと根本的な存在の意志というものがあります。在ろうとすることへの意志。この世界に生まれたもの、特に命持ちしものは、特にその働きが強いものです。だから、人間は何があっても生きなければいけない、と私は思っています。たとえ時の鎌が形を刈り取ろうとしても、その内に持った意志の力を貫かんことを。

性功

 
 日本で仙道を行っている人って、高藤氏の著書に影響されて仙道をはじめたって人がとても多いと思います。でも、その高藤氏の著書って、命功の方はいろいろ詳しく書かれてるけど、性功の方はあまりはっきりとした修行法が書かれてないように見受けます。 で、私自身が幾らか性功についての考えていることを書いてみます。でも、これは今時点の自分の考えであって、もちろん、違ってることもあると思います。それに、こういう事を書いてるからといって、本人がちゃんとそれを出来てる訳では無いので、念のため(笑)。
 
 まず、「この世の中、何でもアリ」って意識をもつ。人間、出来ないことは無い。ただ、今はその方法を知らないだけで、法則を知りさえすれば、自分には無限の可能性があると思うこと。それから、ものごとにあまり執着しすぎないこと。もちろん、ものごとを楽しむのは良いが、それに意識が完全に囚われてしまうと駄目。この世界を楽しみつつも、いざとなったら、全てを捨て去る事の出来る意識も必要。で、具体的な修行法としては、まず、いろんな聖典や本、小説、漫画を読みまくります。それによって意識のキャパを広げることが出来ます。この世界いろんなことがあるんだな〜という事を知る。それから、瞑想や夢見などを行い、イメージを豊かに且つリアルにする。また瞑想では五感を制御し、その結果自分の奥深くに潜む「自分自身」を知るようにします。次に、心のおしゃべりを制御する。人間、それが「自分」と思い込みやすいのですが、それは言葉で作り出された幻想なのです。
 
 そして「あるがまま」な意識をもつ。善とか悪とか綺麗とか汚いとか災いとか福とかは、結局、その人間がどうみるかであって、この世界のものは、それはそれとして存在するものであろうものです。「なるようになる」意識をもつ。といっても、何もするなという意味ではありません(笑)。この世界の法則を知り、それに沿って行動しさえすれば、なるようになるんだという事です。

気の吸収について

 
 今まで何回も気の吸収はやってきましたが、その際感じた共通の感覚や面白い経験を書いておきます。まず最初は微風とかピリピリ、ホワホワとした感覚が流れてきます。次に感情的な波や情動的なものが流れてきます。次に相手の存在の感覚とか深いものが分解して気に乗って流れこんでくるような感じがしだします。この段階までいくと、相手の過去や常日頃考えているものが、その時にイメージとして見えたり、後で夢の中で見たりするようになります。人から気を吸い取るときは、その吸い取った気の取り扱いにはよく注意したほうが良いです。自分とは異質のものを取り込むのですから、あとで気をイメージや感覚によって完全に自分のものと同調することが必要です。そうしないと、相手の邪気やら悪因縁とかまで、吸い込んだりして、後で始末におえなくなることがあります。私も仙道を知ったはじめの頃、よく人から気を取ったりして、後で体の調子を崩したりとか、変なことになったので、この点は皆さんにもよく気をつけて欲しいと思います。

気のやり取りに関して

 
 今までやってきた経験では、はじめて気をやり取りする場合、相手がかなり素質がある人で無い限り、気のやり取りの練習をしても、全く感じないか、ほんの少ししか気が解らない事も多かったです。はじめての相手と気のやり取りをする場合は、相手と自分の意識状態が違ってると、気を感じれないこともよくあります。また、気のやり取りをするという事で相手が緊張して無意識のうちに気をはねつけてしまう事もあります。しかし、何回もお互いに練習していって、相手と意識が同調してくると、よく感じれるようになることも多いです。

小周天について

 
 小周天というと、丹田で気を発生させ、それを背骨に沿って上げ、体の前面に沿って丹田に戻すという技法が広く知られてて、それが小周天だと思いこまれやすいものです。しかし、実際は小周天の本来の目的はそういう技法を指すものでなく、気を感じ制御し強めていく事です。体の正中心ルートを回すのは、その目的にとって便利だから広く使われているに過ぎません。ですから、わざわざ体の正中心ルートを使わなくても、出来る人なら丹田に気を発生させ、腹式呼吸でそれを体中に満たしていき、全身周天まで持って行けれる人もいます。仙道修行は、あまり固定観念にとらわれ過ぎ無いように行なっていきましょう。
戻る