自我とペルソナ


 人は生まれたばかりの頃、世界の全てに、まだ真っ白な思いしか持っていませんでした。その眼で見る全てのものが理解できなかった乳児は、もちろん「自分」というものも理解できず、ただ保護してくれるものを信じベッドの上で生きる事に必死でした。しかし、やがて乳児は成長し、親と一緒に過ごすようになります。ここで子供は親が自分を向いて、その名前で呼ぶことから、その名前で呼ばれている存在が何となく「自分」なのだなと理解するようになります。
 
 そのうちに他人との様々な経験を経て、自分と他者との境界が生まれ、子供は自分のしたい事や嫌なこと、自分独自の何かを自覚するようになります。そこで、他者と違う「ぼく」あるいは「わたし」というはっきりとした存在が生まれることになります。その存在こそが、心理学で言う「自我」の発生です。
 
 人間は、その自我を持って成長していくわけですが、しかし、人間はその人生において、全てが自我の思い通り生きていけるわけではありません。例えば、人はその幼い頃から、学校など様々な外的環境からしつけや社会的教育を受けていく事になるでしょう。それらによって、人はこの人間社会において、どのように生きていくかを学び、自我も成長させていくわけです。
 
 そして人間は日常、他の人と接するときに振舞うべき、その「役割」というものを理解していきます。例えば、ある人はその親の前では「子供」という役割を、姉の前では「妹」という役割を、友達の前では「友達」という役割を、子供の前ではその「親」という役割を果たして生きていきます。その人自身はその人自身であり、そのどれでも有り、かつ、どれでも無いものなのですが、社会ではこういった役割というものを通して、人間はその居場所を作るものなのです。こういった「役割」を果たすときに、相手に対して見せる役割を象徴した「仮面」の事を、心理学では「ペルソナ」と呼んでいます。
 
 この「仮面」は、仮面と一口に言っても、その人の環境や考え方によって、表情にいろいろな違いが出てきます。例えば、同じ「父」という仮面を被っても、その仮面は優しい表情をしている人もいれば、厳格な表情をしている人もいるでしょう。しかし、そういった違いがあるにしても人は基本的に、それぞれの役割に沿った仮面をその相手の前で演じようとします。この仮面を使うからこそ、お互いの立場や役割がはっきりして、相手とのコミュニケーションが成り立っていくからです。
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