基礎知識014


生命の樹による人間の意識の構成の説明

 
 魔術カバラでは人間を構成する各要素を、生命の樹のセフィラに対応させて捉える考え方を持っている。ここでは学徒の学習のために、そのさわりだけでも紹介してみよう。

<グフ(マルクト)、ネフェシュ(イェソド)>
 
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 まず最初にマルクトに対応する人間の要素は「グフ(英語でGuph。ヘブライ語でGVPh。「体」を意味する)」と呼ばれる。人間にとっての物質的身体を表すものである。よく精神世界では「物質」は汚れたもの、意味の無いものと考えられやすいが、魔術カバラではそうは考えない。この世界の全ては神の現れであり、全てが本質的に神聖なるものと考えるのだ。物質的肉体とは「星」の意識の働きの物質界への顕現であり、物質世界を経験し、その意志を「世界」に実現させる為に必要とするものなのだという事を、学徒は理解してほしい。
 
 次にイェソドに対応する人間の構成要素は「ネフェシュ(英語でNephesh。ヘブライ語でNPhSh。「生き物」を意味する)」と呼ばれる。このネフェシュは人間の本能、欲望の領域であり、秘教学的にはエーテル体に対応するとされているものである。このネフェシュはさらに2つの構成要素に分ける事も出来る。一つは、人間が両腕を広げたくらいの大きさで人間を卵状にとり巻く外層オーラ、「感覚の天球」とも呼ばれる部分である。もう一つは人間の物質的身体の形にほぼ沿って存在する内層オーラ、「エーテリック・ダブル」である。

<ルアク(ホド、ネツァク、ティファレト、ゲブラー、ケセド)>
 
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 次に生命の樹のホドからケセドに対応する人間の意識の要素は纏めて「ルアク(英語でRuach。ヘブライ語でRVCh。「霊」あるいは「風」を意味する)」と呼ばれる。ルアクは人間にとっての個人的精神の機能であり、「外なる意識の座」、「偽りの自我」とも呼ばれるものである。このルアクは5つのセフィラから成り立ち、それらは精神の5つの機能に各々対応する事になる。ホドが思考(知性)。ネツァクが感情(情動)。ティファレトが想像力、ゲブラーが意志、ケセドが記憶と対応するとされる。
 
 ここで、生命の樹の図にある2つの障壁のうちの一つ、「パロケトのヴェール」と呼ばれる存在が重要な意味を持ってくる。パロケトは生命の樹の図上でネツァク、ホドの段階とティファレトを隔てる障壁として存在する。これは、このパロケトによってルアクの領域がネツァクからホドの段階とケセドからティファレトの段階の2つに分けられる事も示すとされるのだ。
 
 通常の人間的意識はマルクト側を基点として働く。ルアクのパロケトの下、マルクト側にあたる思考と感情の2つの機能は、グフやネフェシュと同じように人間が生活していく上で最も頻繁に使用される機能である。しかし、パロケトより上の各機能は、その障壁によって、通常の人間には僅かにしか用いる事ができなくなっているとされるのだ。
 
 また、ここまでの各セフィラに該当する要素は、学徒が「生命の樹」を魔術学習のための位階システムとして用いる場合、その段階で完全に制御するべき対象を示しているとの考え方もある。例えば、学徒はマルクトの位階を卒業するには、その「肉体」を完全に制御する事が可能になっていなければならない。また、ネツァクならばその「感情」を、ゲブラーの位階ならば、決めたことをどこまでも貫く強い「意志」、ケセドならば自分が生まれてからだけでなく、生まれる前、すなわち前世とよばれるものまでの全ての「記憶」が完全に思い出せる事が必要とされるのだ。もちろん、人類史上でも完全にそれを成し遂げた人はほとんどいないだろうが、一つの学習の指針として知っておくと面白いだろう。

<アビス、ネシャマー(ビナー)、キアー(コクマー)、イェキダー(ケテル)>
 
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 ルアクを越えると、その上には、生命の樹の図にある2つの障壁のうちのもう一つ、「アビス(深淵)」と呼ばれる存在が位置する。このアビスという大きな障壁によって、通常の人間には、ここから上の機能について認識・制御することは、ほぼ不可能だとされるのだ。また、アビスより下の各要素は死によって消失するが、ここより上位は死を越えても残るものとされる。
 
 この障壁を司っているセフィラこそがダース(知識)と呼ばれるセフィラである。このダースは、コクマーとビナーの早産の子とも呼ばれ、偽りのセフィラであり、実際には存在しないものであるともされている。先に記した学習の為の位階システムとして生命の樹をとらえる場合、この先に進もうとする学徒にとっては、このダースが重要な意味を持ってくる。それは、このダースの現す「知識」の本質について考慮してみればわかるだろう。
 アビスを越えて進むとビナー、コクマー、ケテルの「至高の三角形」に到達する。これらの三つ組みはルアクに対して「内なる意識の座」、「真の自我」と呼ばれるものである。この領域こそ、ルアクまでから成り立つ「個」を越える「全」。別の言い方をすれば、アビスより下の機能は個人的なものであるが、この領域は超個人的なものであるのだ。
 
 これらの三つのセフィラを纏めてネシャマーと呼ぶこともある。しかしより細かく言えば、ネシャマーに対応するのはビナーである事を学徒は記憶しておいてほしい。「ネシャマー(英語でNeschamah。ヘブライ語でNShMH。「息」あるいは「魂」や「霊」を意味する)」は人間の認識や知覚の根元と考えられているものである。時に霊的理解とも称される。
 
 コクマーに対応する要素は「キアー(英語でChiah。ヘブライ語でChIH。「生命」を意味する)」と呼ばれる。人間の行動の根元と考えられている。また、時に霊的意志とも称され「星」に例えられる。次のケテルにおいて発した創造的意志が使う乗り物とも考えられるものである。
 
 そして、ケテルに対応する要素は「イェキダー(英語でYechidah。ヘブライ語でIChIDH。「一」あるいは「単一性」を意味する)」と呼ばれる。自己の根元、神の現前、神の火花、神性の閃きとされるものである。また秘教的には「生の喜びを知るため」の「不死なる霊の巡礼者」とも称されるものである。

 以上、生命の樹のセフィラの人間の意識の各機能への割り当てについて述べてきた。ただ、これらの理論は流派によって、ある程度の違いが発生している事も学徒は知っておいてほしい。流派によっては、マルクトとイェソドを纏めてネフェシュとするもの。マルクトをネフェシュとして、イェソドからケセドをルアクの範囲に入れるものなどもあるのだ。この小論では、IMN的な考え方の理論を学習してもらったが、学徒は後に自分でも様々な関連書籍を読み、学徒自身の理論を構築してほしい。