IMNの「魔術」の説明と定義

 
表紙絵

 これまで、「魔術」という言葉について歴史や分類など、様々な観点から説明。そしてIMNの扱う「魔術」の内容についても簡単に紹介してきた。ここでは、このIMNで扱う「魔術」について、もう少し詳細な説明と定義を行ってみたいと思う。
<「魔術」という言葉の発祥>
 
 まず、最初にここで改めて基本的なところに戻り、「魔術」という言葉の発祥を辿ってみよう。元々、「魔術」という言葉は古代宗教の秘密の学問を伝える「マギ(Magi=博士あるいは賢者)」という存在の扱った秘密知識・技術から来たと考えられているものであった。Magiの扱ったものという事で、Magicという言葉が出来たのだ。日本語ではそのMa(マ)という音から「魔(マ)」という訳語があてられてしまったが、本来はこの知識や技術は「魔」の字から想像されるような暗いもの、邪悪なもの、この世界の法則を無視するような不可思議なものでは無い。
 
 しかし、先に述べたマギと言われた人達は、その当時の一般社会では理解できない技術をも扱ったために、それを理解できない人々によって、「Magic」には「理解できない怪しいもの」というイメージも付随するようになってしまった。これを例えてみると、今から10000年昔の人の目の前でマッチで火をつけて見せてあげても、その人には何故火がついたか理解できないので、理解できない怪しい術を使ったんだと信じ込んでしまうようなものだろう。こういった感じで、マギの扱う技術=Magicは「不可思議な術」の代名詞ともなってしまったわけである。しかし本来、「魔術」とは、その語源的には、古代にあってこの世界を司っている法則についての最新の知識を有するもの達の扱う技術や知識体系であった。それは、現代で言えば、同じようにこの世界の法則を解明する「科学」にも通ずるものだったのだ。

<「意識」の制御体系としての魔術>
 
 「魔術」という言葉が生まれてから、長い歴史の間に様々な内容が含まれるようになった。近代になり、「魔術」のうちに含まれていた、この世界の理や法則を解き明かそうとする面は「科学」となり、「魔術」と袂を分かち大きく発展する事になる。そして、「科学」に関する内容が失われた魔術は迷信として消え去っていくかと思われた。
 
 しかし、この「魔術」の中心には、科学がとても発達した現代でも未だほとんど解明出来ていない、人間自身にとっての最大の神秘である、人間の「意識」というものを制御するための技術が伝わっていたのである。19世紀から20世紀にかけて、この魔術の意識を制御する面に着目した流れは英国において「黄金の夜明け」団という団体を生みだし、その研究を大きく革新・発展させる。そして、この「黄金の夜明け」団の伝統に連なる意識の研究者としての有名な先達は、「魔術」を次のように定義したのだ。
 
アレイスター・クロウリー
「魔術とは意志のままに変化を起こす科学であり業(わざ)である」
ダイアン・フォーチュン
「魔術とは意志のままに意識の変化を引き起こす技術である」
 
 これらはかなり抽象的な文章であり、理解しにくいかもしれないが、いずれにしても魔術というのは、自分の「意識」を制御するものだというのを認識してほしい。

<「意識」の心理学的説明>
 
 ここで、「なんだ?、自分の意識くらいすぐに操れるよ!」と思ってしまった人は少し待ってほしい。本当にあなたが感じて自覚している意識が、自分の中の意識の全てなのだろうか?。最近は、心理学が普及してきた事もあって、一般の人でも「潜在意識」という言葉は、多少でも耳にしたことがあると思う。詳細は、このHPでもユング心理学の項で説明しているが、人間というものは、自分が自覚している「顕在意識」というものの奧に、それより遥かに大きい「潜在意識」というものがあるとされている。これを身近な例としてパソコンに例えてみるなら、人間が通常理解できる顕在意識は、8MのRAM、潜在意識は数百テラのハードディスク(実際は数百テラより、もっと大きいといえるが)みたいなものといえるだろう。
 
 人間が通常扱える意識、情報量というのはとても限られたものである。(それを、8MくらいのRAMだと思ってほしい)。しかしその奧には、今まで、見て聞いて嗅いで味わって触って、そして、物質的手段を超えた様々な手段も含んで得た情報が全部詰まっている、とても大きな潜在意識の領域というものがあるのだ。(これは、数百テラのハードディスクみたいなものである)。
 
 魔術の定義における、制御するべき「意識」というものは、この2つ(顕在意識と潜在意識)が、合わさってできたものを指す。学徒には、この途方も無さが実感できるだろうか?。そして、潜在意識というものは、自分では自覚できないこともあり、通常は、ほぼ理解・制御することが出来ない。また、普段、私たちが認識している顕在意識でさえも、時や環境により、ころころと変わるものであり、真に制御していると言えるのは難しいのが実際のところだ。

<「意識」を理解し制御するべき理由>
 
 では、なぜこれらの意識を知り、制御し、操るのか?。これは、人間の「運命」、そして人間とは何なのか?を知るといった事と関わりがある事なのである。ここで学徒にお聞きしてみたいが、自分の「運命」というのは、どうやって決まっているとお思いだろうか?。まず、たいていの学徒は、外部の要因によって思い通りにいかない事も多いが、それでもやれる限りは自分は自分のしたい事を考えて行動し、その結果起きるものだと、思っているだろう。
 
 しかし、これらの自分の思考・行動でさえも、実は意識しないうちに、そして自分でも理解できない形で、潜在意識というものに多大な影響を及ぼされている事が多いのだ。例えばここで、自分は公務員になりたいと願ってる人がいたとしよう。しかし、この人は職業が安定しているからとか、親が薦めるからだとか、表面上はそういった社会的な理由で公務員に就くのを願っているが、実は潜在意識では自分というものを真に表現したいため、作家になりたいと願っている事もあるのだ。この場合、その人は一生懸命勉強して公務員になろうとするが、たいていはどこかで、やる気が起きずに失敗することが多く、また、例え公務員になれたとしても、そのうちに嫌気がさし辞めてしまう、という事にもよくなるのである。
 
 この様に、人間の思考・行動というのは潜在意識によって、知らず知らずのうちに、変化させられている事が多い。IMNで扱う「魔術」とは、この潜在意識に儀式や象徴、瞑想などの様々な手段を使い、直接アクセスをかけ「自分の本当の意識」あるいは目的というものを正しく認識・理解。また同様に様々な手段で意識を制御し、その効果で自分の身の回りの物事をも、変えていこうという訓練法でもあるのだ。

<「魔術」の学徒達の姿>
 
 いってみれば、IMNで扱う「黄金の夜明け」団の研究した「魔術」の学徒とは、意識というものを制御するプロフェッショナルを目指している存在なのだ。現在、一般社会に「魔術」という言葉は、誤解が強く根付いているため、「魔術」を練習していると聞いた人の中には、その魔術を練習している人をなにか特殊な人物と考え、宗教の教主みたいに敬ったり、または恐ろしい近寄りがたい人物、と考える人もいるかもしれない。しかし、このページをここまで読んでくれた学徒ならば、現代において西欧の神秘伝統の魔術の実践を訓練するという事は、スポーツマンがスポーツの練習をすると言うことと同じ様なものであると理解して欲しい。その主な違いは一般的なスポーツマンならば肉体を鍛えるのに対して、西洋神秘伝統の魔術を訓練している人は意識(精神)を鍛え制御する、「意識のスポーツマン」といえよう。
 
 また、実際のところ、この西洋神秘伝統の言う「魔術」を訓練している人は、現実の社会的には一般の人達と、ほとんど変わりの無い人達なのである。仕事でミスもする、金儲けもしたい、楽して暮らしもしたい、と思っている俗物が殆どである。普通の人達と違うところはただ一点、西欧神秘伝統の魔術を学ぶために、様々な学習を行い、そして意識の制御の訓練を行っているという事だろう。何故、そのような難しそうなことを行うか?。その目的としては、訓練の効果によって人生を楽しく有意義なものとして暮らしていこうとしたり、あるいは真面目な人物ならば、その「魔術」を自分の行動や人生の基盤あるいは哲学として、普段から自分の意識の奥底まで知るように心がけ、自分が真に目指す人生へと向かっていこうとするのである。

<さいごに>
 
 さて、ここでもう一度、先にあげた魔術の先達の2つの言葉を思い出してほしい。それらの言葉には今まで説明してきた、意識を制御する魔術の実技を経験してきた先人の智恵が込められているのだ。そして、IMNでは、この先人達の言葉を踏まえた上で、「魔術(あるいは西洋魔術)」をこう定義しよう。
 
ー西洋神秘伝統(西洋神秘思想)を主な理論背景とした、
霊的意識を制御する為の実践学習体系ー
 

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