アレイスター・クロウリー伝
(ノイバーグとの魔術作業。「霊視と幻聴」からジョーンズの裁判まで)


ノイバーグとの魔術作業

 
 08年、クロウリーとノイバーグはモロッコへ旅行に出かける。この頃には2人の仲は、かなり親密なものとなっていたらしい。また、魔術的にもノイバーグはクロウリーの直接指導の下、才能を開花させていっていた。ある時期、2人は「魔術的隠退」と称して、ボレスキン館に引きこもる。この間に、ノイバーグは集中して魔術修行を行い、魔術技法を加速度的に習得した模様である。その技法の一つである「Rising on the Plane」を習得したノイバーグは、様々な魔術的幻視体験を得、その時の記録が今でも残っている。
 
 しかし、クロウリーとノイバーグの仲は、和気藹々としたようなものではなく、かなりクロウリーのサディズム要素が強いものとなっていた模様である。クロウリーはノイバーグを人種的偏見で蔑んだり、ある晩は、ノイバーグが魔術的指導に従わないのを見て、棘付きの鞭で32回も打ちすえると言う行為を行ったそうである。ノイバーグは実はこの時のことを、かなり根に持っていたらしい。後に刊行された書籍で「わが師はどうみてもサディストである。この鞭打ちをとてもご満悦で行ったのだから」と、恨み言を残しているのだ。
 
 09年の3月、クロウリーはA∴A∴の機関紙として「The Equinox(日本語で「春秋分点」を意味する。以後、イクイノックス誌と記す)」の連続刊行を始める。この機関紙はその名の通り、春秋分に発行を基本としたものであり、その内容はクロウリーが中心となって執筆。様々な詩や評論、魔術的知識などが豊富に載せられ、かなりの厚さの書籍となった。また、魔術を学習するものにとって有益になるだけでなく、クロウリーとしては一般人にも魔術的知識が普及するようにと、当時の書籍としては破格の安値で頒布したという。
 

アエティールへの参入

 
 同年9月21日、イクイノックス誌の第2号を発行したクロウリーは、ノイバーグを連れて北アフリカへ旅行に出る。10月にアルジェリアに着いた彼は、この旅中にアイワスから魔術に関する霊的通信を受信。そしてリュックに偶然、エノク魔術に関する資料が入っていたのを見つけたクロウリーは、これはアイワスがエノク魔術を実践せよ、と言ってきたのだと受取り、エノク魔術の準備に取り掛かる。
 
 彼は、9年前にメキシコで中断していた、エノクのコール(呪文)を用いたアエティールへの参入の魔術実験を再開する。この際に使われた魔術技法は、まず、棒で出来た真紅のカルバリ十字の中心に、トパーズを埋め込んだものを魔術武器として用意。その魔術武器の中心のトパーズに意識を集中し、エノクのコールを唱えるというものだった。このコールが達成されると、彼の意識はアエティールへと参入していくのである。この際にクロウリーはアエティールの様子を語り、その内容をノイバーグが記録していく方式で魔術実験は行なわれていった。
 
 以前のメキシコではどうしても上手く行かなかった、3番目のアエティール参入を難なくこなしたクロウリー。その後も参入は順調に進むが、しかし、12月3日に14番目のコールに阻まれる事になる。一度、あきらめて宿へ帰りかけたクロウリーはしかし、ある天啓を得る。その天啓とは、ノイバーグを相手に自らを辱める同性愛魔術の実践なのだった。
 
 しかし、この性魔術が効果を奏する事になったようである。14番目のコールを達成した彼は、その後のアエティール参入にて、啓示を得て自らが「神殿の首領」の位階になった事を理解したそうである。続く3つのアエティール参入において彼は「神殿の首領」の義務である「秘密の花園の世話」と「緋色の女の秘儀」を理解。そして、この一連の魔術実験は一つのクライマックスに達する。悪魔「コロンゾン」を呼び出し、その存在が守る「深淵」を越える段階に来たのである。
 

「コロンゾン」との対決

 
 12月6日、細かな砂に覆われた人里離れた谷で、クロウリーとノイバーグは砂に魔法円と喚起の三角形を描いた。そして、鳩を殺し、その生き血を媒介にコロンゾンを呼び出す儀式を開始。しかし、この儀式は通常の悪魔を呼び出す魔術とは異なる方法を用いていた。基本的な魔術技法では悪魔を呼び出す場合、術者は魔法円の中に陣取り、三角形の中に悪魔を呼び出すという方法を取る。この魔法円が悪魔から術者を守る役割を果たすのだ。
 
 しかし、今回はノイバーグが魔法円の中でコロンゾンを呼び出す役割を果たし、クロウリーは三角形の内側でコロンゾンと同化するという方法を取った。これは、三角形の中の術者は下手をすると呼び出した悪魔に精神を乗っ取られて、廃人と化してしまう大きな危険を冒すものであった。
 
 「ザザス・ザザス・・・」の古き魔道書の呪文により、呼び出されるコロンゾン。この時から、ノイバーグはクロウリーが様々な姿に変化していくのを見たという。ある時はクロウリーの姿が美女に変化し、ノイバーグを誘惑してきた。その誘惑をはねのけたノイバーグ。また、ある時はクロウリーが老人になったり、人間の頭を持つ蛇の姿になったりもしたという。これらの幻覚を何とかやり過ごしていたノイバーグだったが、わずかな油断で魔法円の一部を消してしまう。その機を逃さなかったコロンゾン。隙間から魔法円の中に飛び込み、ノイバーグを襲おうとしたのだった。しかし、ノイバーグも手に持っていた魔術短剣で、必死に応戦。コロンゾンを魔法円の外に追い出すことに成功した彼は、すぐに魔法円を修復したという。
 
 やがて、鳩の血の魔力が切れるとともにコロンゾンは姿を消す。そして、コロンゾンと同化していたクロウリーは、コロンゾンの秘儀を理解し、「深淵」越えを達成したという。この後のアエティールの体験はコロンゾンの禍々しさとはうって変わり、福音的なものとなった。そして、全てのアエティールの参入を達成したクロウリー。これらの一大魔術実験の記録は後に纏められ、「The Vision and the Voice(霊視と幻聴)」として出版される事になる。この書は日本語訳も出版されているので、興味のある方は読んでみると良いであろう。
 
 このしばらく後にも、クロウリーは再度ノイバーグと共に、砂漠に行き、今度はエノク魔術の副元素のビジョンを得ようとしたという。しかし、彼はそれに失敗してしまったようである。この経験から彼は、魔術というものに関しては当人の意志だけではなく、なにか見えない大きな力が背後で影響を及ぼしてこそ、成功するものだと考えるようになったという。

メイザースとの裁判戦

 
(1910年頃のクロウリー)
 10年1月、ロンドンに戻ったクロウリーはイクイノックス誌第3号の製作に着手する。その前に、彼はこの号の広告を打ったのだが、その中でGD団の最高秘密教義である5=6の入門儀式や知識教義を誌上で公開するとした為、それを知ったメイザースの怒りを買ってしまう。元々、彼はGDの秘教知識を勝手にイクイノックス誌上で公開していた為にGD関係者から怒りを買っており、「地球から追放してやりたい」まで言われたりしていた。しかし、メイザースは発行を差し止めるために、脅迫や魔術的な方法ではなく、現実的に裁判に訴える事にしたのである。そして、メイザースのこの申し立ては認められ、イクイノックス誌の発行は差し止められる事になってしまった。
 
 しかし、逆に今度はクロウリーが激怒。彼は、魔術的護符を作った上で控訴したそうである。この護符が効果を発揮したのかどうかは定かではないが、見事、判決は覆った。結局、少し発刊は遅れたがイクイノックス誌3号は予定通り刊行されたのである。だが、このイクイノックス誌の刊行は、クロウリーが儲けを度外視して行ったため、やがて父の遺産が本当に底をつきかけることになる。
 

A∴A∴の成長と停滞

 
 イクイノックス出版や裁判などの話題から、この時期にはA∴A∴も団員を伸ばしてきていた。その中から、クロウリーは後の恋人となるLeila Waddel(レイラ・ワッデル。以後ワッデル)とも出会う事になる。また、団内で催した演劇的儀礼が思いがけない好評を博した為、クロウリーはこれを金儲けにしようと考えつき、その儀礼を元に「エレウシス儀礼」を作成。8月に入場料を取り一般向けに上演する事になる。
 
 この上演活動は多くの人から好意的に迎えられたようである。気をよくしたクロウリーは、さらに10月から11月にかけ、水曜日の夜七回連続でカクストン・ホールを借り同様の上演を行う。しかし、これらの活動によって、やがてゴシップ誌の注目が彼の周りに集まるようになってしまう。
 

(レイラ・ワッデル)
 
 ゴシップ誌はクロウリーの様々なこれまでの悪行を取り上げ、彼の事を「悪魔主義者」「食人鬼」などと貶めたのだ。その中でも、特にルッキンググラス誌は、執拗にクロウリーへの攻撃を行う事になる。エレウシス儀礼の劇中ではワッデルがクロウリーの胸の上に跨るシーンがあるのだが、ルッキンググラス誌はそのシーンの写真を載せて、上演中に性的な行為があったとほのめかしたりした。また、誌上でクロウリーが周りの弟子たちと同性愛の仲だと受け取れるような記事を書いたりまでしたのだが、これには流石にジョーンズやフラー、他の弟子達も激怒。
 
 フラーは職業が軍人なのだが、昔、クロウリーの事を称賛する本を出していた事もあり、クロウリーとの繋がりに関しての社会的評判にはかなり気をつかっていたらしい。そこで、クロウリーに何らかの文書を出して反論したらどうだろうと強く勧める。しかし、クロウリーは、「世界の悪に対しては無抵抗主義を信条とする」という、訳の解らない反論で弟子の申し出を拒否。
 
 ある意味、彼はゴシップ誌のネタにされるのを喜んでいたフシがあったのである。しかし、妻子を持つ社会人であり、別にクロウリーの弟子でもないジョーンズの方は、クロウリーに言っても拉致があかない事をさっさと理解。とうとうルッキンググラス誌を相手取って裁判を引き起こすことにしたのだった。
 
 しかし、ここで意外な事が判明する。実はゴシップ誌にネタを提供していた中の一人にはメイザースもいたのだ。この裁判に、証人として出廷してきメイザースは、先のイクイノックス誌裁判での敗訴の恨みもあったのであろう。嬉々としてクロウリー側に不利な証言をしたのだった。結局、ジョーンズは裁判に敗訴してしまい、これら一連のゴタゴタでジョーンズやフラー大佐はA∴A∴を退団してしまう。また、この不名誉な評判は広がってしまい、しばらくA∴A∴の新入団員も激減してしまったそうである。

OTOとの出会い

 
 このジョーンズの裁判の際、メイザースは証言台にて自らを「真の薔薇十字団の首領」と公言したようである。しかし、これは思いがけぬところからの反発を引き起こすこととなる。GD団が創立した19世紀には、同様にヨーロッパ各地に様々な秘教結社が乱立してきていた。その中には、自分達こそ「薔薇十字」の真正なる後継者であるとしていた団体も多くあったのだ。しかし、メイザースの不用意な発言は、そういった多くの薔薇十字関係者達を激怒させる事になる。
 
 それらの薔薇十字関係者達は、「敵の敵は味方」と言う事で、クロウリーを味方にする為に、彼に名誉位階や入団許可証などを多数贈ったという。そのうちの団体の一つに「Ordo Templi Orientis(東方聖堂騎士団。以後OTOと略す)」というものがあった。この時点ではクロウリーにとって、OTOはよくあるフリーメーソン系の団体の一つとしてしか認識がなかったようである。しかし、この団体は後にクロウリーの人生で重要な役割を果たす事になる。
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