アレイスター・クロウリー伝
(世界旅行から、「法の書」伝授まで)


メキシコへ

 
 1900年7月6日、クロウリーはまずニューヨークへと到着する。しかし、ニューヨークの有名な灼熱地獄に耐え切れなくなった彼は、2・3日間の滞在で、すぐにメキシコへと移ってしまったのであった。この時、クロウリーは生まれて初めての列車の長旅を経験したという。メキシコへ着いたクロウリーは、最初はその劣悪な宿泊状況や生活環境に激しく憤る。しかし、そんな地でもある程度馴染んでくると、当地の人間の勇ましさと気楽さが気に入ったらしい。彼は、若い現地の娘を自分の身の回りの世話をさせる為に雇い、しばらく腰を落ち着けることにしたのであった。
 
 クロウリーは、この旅行の最中でも魔術研究を忘れなかったとしている。メキシコでは現地のスコットランド・メーソンの団体の首領Don Jesus Medina(ドン・メディナ。以後メディナ)という老人と知己になる。この老人は、クロウリーの秘教知識と能力に感心。クロウリーにメーソンの三十三段階ある入門儀式を数週間で授けてやったという。また、クロウリーも同地で自分自身の新しい教団「Lamp of the Invisible Light(L.I.L)」を立ち上げ、厚遇の礼にメディナをその団体の最初の高等司祭にしている。しかし、やがてクロウリーはメディナとの連絡が取れなくなったようであり、この団体も自然消滅した模様である。
 
 また、GD団の魔術の科目の一つであるエノク魔術の実験を行ったクロウリーは、同年の8月に30番目と29番目のアエティール(霊的世界)へ参入するという体験をしている。しかし、それより先の段階は上手く行かなかった為、そこで実験はストップしてしまったのであった。また、本当かどうかは解らないが、この時期に彼は鏡に写った自分自身の姿を透明にする魔術実験に成功したともしている。メキシコで様々な体験をしたクロウリー。しかし、この旅行の元々の目的であった登山への熱が再び頭をもたげ、彼はエッケンシュタインを呼び、ともにしばらく現地の山々を登って回る。結局、この登山の日々は火山活動が活発化した為、終了を告げたのであった。

ベネットとの再会

 
 エッケンシュタインと別れ、ベネットに会おうと思い立ったクロウリーは、メキシコを立ちインドを目指す事になる。サンフランシスコ、ハワイを経て客船の日本丸に乗り日本へと向かった彼は、日本丸に同乗した既婚の女性Mary Alice Rogersとの恋に落ちることになる。しかし、この恋は儚く終わりを告げた。一人で日本に降り立ったクロウリー。彼は僅かな間ながらも日本で観光を行い、鎌倉の大仏を見ながら人生の無常についての思いに耽った模様である(失恋で落ち込んでいただけという説もある)。
 
 その後、香港などにも一時滞在した彼はセイロンへと渡り、01年8月ベネットと再会。両者はしばらく行動をともにする事になる。元々、東洋思想に興味を持っていたベネットは、転地療養後、仏教やヒンズー教を研究し、とうとう仏教徒にまでなってしまったのであった。クロウリーもその影響を受け、インド各地でヨガを修行。この時期にクロウリーはヨガの修行において重要な修行段階の一つである、「ディヤーナ」を達成したとしている。
 

K2挑戦

 
 02年の3月、クロウリーはインドでエッケンシュタインが率いる登山家達と合流。パキスタンと中国の国境に位置する、当時まだ誰も山頂へ登った事が無いとされる、世界で2番目に高い山「K2」登頂の為の旅を始める。K2のふもとに着いた彼らは6月8日に登山を開始。この試みは過酷なものであり、山中で様々な病気や事故に悩まされる事になる。結局、山高8611メートル中6525メートル時点で登頂を断念した彼らであったが、それまでの記録を塗り替え、この偉業はクロウリーの名前ともども登山家達の間で有名なものとなる。
 
(K2登頂時のクロウリー。上の写真ではクロウリーは前から2番目の列の右のボサボサ頭。その左はエッケンシュタイン。一番前列の左が後述のギラーモッド)
 
 同年10月、クロウリーは2年に渡る世界旅行から帰還したのであった。ヨーロッパに帰還した彼はまず、パリのメイザースを訪ねる事にする。自らが世界旅行の間に得た霊的啓明、特にヨガの素晴らしさを説く為であった模様である。しかし、メイザースは興味も沸かなかったらしい。クロウリーは冷たくあしらわれ、これを機に両者の関係は悪化していく事になる。
 
 だが、クロウリーはすぐにはイギリスには帰らず、その後しばらくケンブリッジ時代の学友Gerald Kelly(ジェラルド・ケリー。以後ケリー)が借りていたパリのアパートに同居する。そして、当時の芸術家達の集まる場だった「白猫亭」に入り浸り、様々な芸術家達との会話を楽しんだようである。この頃クロウリーと出会った人物には有名なフランスの彫刻家ロダンや文豪サマセット・モームなどがいる。モームは一目でクロウリーが嫌いになったとの事だったが、しかし後にクロウリーをモデルとした主人公を登場させた小説「魔術師」を書いている。

ローズとの結婚

 
 03年4月ボレスキン館に帰還したクロウリーは、ケリーから実家に遊びに来ないかと誘われる。ケリーの実家に行った彼は、そこで運命の出会いをする事になる。ケリーの姉、Rose Edith Kelly(ローズ・ケリー。以後、ローズ)との出会いである。彼女の美しさに惚れこんだクロウリー。その頃、彼女は家から不本意な結婚を強制されかけていたのだが、それをやめさせる為、クロウリーはローズに見せかけの結婚をしようと提案。
 
 クロウリーを憎からず思っていたローズも、その申し出に乗り、クロウリーは03年8月12日最初の結婚をする事になる。結婚後すぐに彼らは、ローズの実家から何か言われることを防ぐため、新婚旅行と称して世界各地への旅行に出てしまう。しかし、この旅行の間に彼らの間には本気の愛が生まれたようであった。
 
(ローズ)
 クロウリーと結婚はしたが、ローズは魔術というものには、殆ど無知であった。新婚旅行中の11月、クロウリーは彼の新妻に自分の「魔術」というものを知ってもらおうと思い立ち、エジプトのカイロのギザのピラミッドの「王の部屋」で2人きりで一夜を過ごす事にする。この夜、彼は「王の部屋」で一本のロウソクを頼りに「ゲーティア」の召喚の文章を読み上げた。すると、部屋全体が淡いリラ色の不思議な光で満ちると言う神秘的な経験をしたそうである。
 
 この後、12月に夫婦はセイロンに渡るが、その地でローズの妊娠が判明。彼らはイギリスへ帰国することを決め、その途中、04年3月、再度エジプトのカイロに部屋を借りて一時滞在する。3月の16日(水)、特にすることもなかったクロウリーは、軽い気持ちでローズにシルフの姿を見せてやろうと、召喚を行ってみたのだった。しかし、シルフは現れず、代わりにローズは変性意識状態へと陥り、「彼らは貴方を待っています」といった霊言を口走るようになったという。
 
 当惑したクロウリー。彼は17日(木)も同じ召喚を行ってみる。すると前日同様にローズはトランス状態に陥って、今度は「それは全て子供の事」「全てオシリス」等との霊言を口走りだしたという。何かがローズに憑いていると考えたクロウリー。しかし、霊言の意味を理解しかねた為、クロウリーは、現象の答えを得ようとエジプトの知識の神であるトート神の召喚魔術を行う。彼は、この召喚自体は上手く行ったと感じたが、その日はローズの行動に対する答えは出なかったらしい。
 
(啓示のステーレー)
 続く18日(金)も召喚を行ったクロウリー。すると、ローズから、クロウリーを待っているのはホルス神であり、クロウリーはその神を怒らせた為、ホルス神を召喚する魔術を行うべきであるとの霊言を得たのだった。しかし、クロウリーはその内容に疑いを抱く。彼は、ローズがあまりエジプト神話を知らない事を踏まえて、彼女にホルス神についての質問をぶつけてみる。だが、ローズからの答えは恐るべきものだったという。
 
 続けてローズの霊言はクロウリーに、あらためてホルス神を召喚するように指示。その方法まで細かく指示してきた。しかし、この方法は、GDの魔術体系を使っていたクロウリーにとっては下等なものに思えたらしい。彼は自ら修正した方法を提案するが、ローズに憑いた存在に拒否されてしまう。ローズの霊言はまた、彼女にコンタクトしてきている存在は、まだ彼女とクロウリーが行ったことのない、近所にあるBoulak博物館のStele(碑の意味。「啓示の碑(ステーレー)」とも呼ばれる。以後、文中ではステーレー)から来ていると語る。
 
 そのステーレーには、ホルスは一般的な姿ではなく、ラー・ホール・クゥイトの姿として描かれていると明かしたローズの霊言。クロウリーは、実際にその展示品が存在し、しかも、その展示番号が666であった事に衝撃を受ける。彼はこの時期には、自らこそ黙示録の獣666のこの世界での姿であると考えていたのだ。運命が何かを彼に伝えようとしていると感じたクロウリー。しかし懐疑主義の彼は、この時点でも、これらの霊的現象をまだ偶然の一致として片付けようとしていた。

「法の書」

 
 なおも召喚魔術を続けたクロウリーは20日(日)にはローズの霊言から「神々のEquinox(春秋分点)は来た」とのメッセージを受け、彼こそが、新しい時代の人間の精神と太陽の霊を結びつける「術式」になるのだと言われる。ここに至って、いよいよこれらの現象は、秘密の首領からのメッセージだと考えたクロウリー。彼は、ステーレーの翻訳を進め、また、トランス状態のローズから、4月の8日の正午から3日間、クロウリーに預言が伝えられるので、書き留めるものの準備をしておけ、との指示を授けられる。
 
 4月8日正午、言われたとおりに準備して待っていたクロウリーは、ローズを介してでは無く、彼自身が直接、不思議な声を聞く事になる。その声は彼のHoly Guardian Angel(聖守護天使)とされるAiwass(アイワス)という存在からもたらされたものだという。そしてクロウリーは、その声に従って運命的な「書」を記す事になったのだった。「Had! The manifestation of Nuit. The unveiling of the company of heaven. Every man and woman is a star」ではじまる、この書は8日から10日に渡る3日間、正午から1時間ずつクロウリーに伝えられ、後に「法の書」として知られる事になる。
 
 この書はまた、65枚の紙に記され220節からなる事から「220の書」とも呼ばれる。その内容は、以後の時代を預言するものと言われ、キリスト教などの一神教による、今まで人間が奴隷となっていた時代は終わりを告げ、これから人間一人ひとりが「神」となるホルスの新しい時代(ホルスのアイオン)が来る事を告げるというものであった。
次を読む
戻る